Google
自己紹介
 
ペンネーム 撫 樹林
趣味  写真撮影・ゴルフ観戦・サッカー観戦(過去、ゴルフはビジネスでの必需スポーツ。サッカーは学生時代の思い出)
 古代史(縄文時代)の落葉紅葉樹林と自分の写真のテーマであるブナ林との出会いで「ブナ林と古代史」のHP作成に専念。
世代  
 東京オリンピック・皇太子(平成天皇)のご成婚大阪万国博覧会・戦後復興の高度成長を実感
   
プロフィール   ブナ林との出会いは和泉葛城山が自分の故郷で、日本の南限ブナであることから、写真のテーマに選びました。
  平成7年、阪神淡路大震災、オーム真理教がサリンを散布、その年の暮れに「蜘蛛膜化」手術を行い、極初期段階での手術で、日常の生活には差し支えないが、飛行機(気圧の関係?ドクターストップ)は避けて、可能な限り車での移動です。

  大阪南部老人大学「歴史考古学部」を聴講。落葉広葉樹林「ブナ林」と縄文時代が、世界の四大文明に負けないぐらいの繁栄を続けたことを知りました。
 平成に入ってからの高度成長で、地下に眠っていた縄文時代の遺蹟・遺構・遺物(中でも湿地帯からの出土で、実際は残らないものが出土して、約4千年前のものが想像も出来なかった技術と思想であった事が解ってきたのです)が次から次へ発見され、過去に偏見視されていた縄文人の生活・思想が現代に通ずるものである事が解ったのです。

  老人大学「歴史考古学部」の聴講は無駄では無かった。 このチャンスを活用する事がこれからのライフワークとしてのテーマだと考えています。自分は過去、零細企業の経営に携わってきて、言動・行動に非常に責任と圧迫を感じた毎日でした。 ここに来て自由に他人の目線を気にせず、言動・行動が出来る喜びを実感しております。

  老人大学在学中には「写真クラブ」を立ち上げ、歴史考古学部の卒業生とも付き合いましたが、高度成長の豊かな保証された社会生活を経験してか? 何事も無難に過せば、給料と年金・退職金が貰え、 ただその場を無事に波風を立てずに過すことに専念してきた人が多いのには驚きました。 自分のテーマの持てない「仲良しクラブ! 気のあった者同士」の集まりで、皆で楽しく今日一日を過しましょう!!
 この考え方が自分には理解しにくく、融合性に欠けていると指摘してくれる人もおります。
     
人生、残す年月は自分が選んだテーマで推し進めるチャンスを与えてくれた家内に感謝しながら、これからも可能な限り、自力での歴史探索と写真作成に専念し、自己流の作品を残したいと考えております。
「ブナ林と古代史」
三年目を迎えて!
 2006年9月30日、
お陰様でアクセス数が
40,047カウント。素晴らしいです。
   「2006年・北国の古代史探索とブナ撮影」の旅日記にもありますが、北海道道中で還暦を迎えました。「ブナ林と古代史」をテーマである限り、北限ブナ林は勿論、北海道の縄文を勉強せねば終わりが無いと常々考えて、元気な内にと思い込みました。

  しかし、北海道の道民(何方も言葉は綺麗で親切です)は概ね自分たちの歴史は百二三十年のような感じで?しかも古代史に関心が無ければ尚更でしょう! そのため大都市(札幌市・函館市・旭川市ほか)が殆ど京都の様に整然と計画された都市の様な感じです。

  火山国であることは何処も同じですが、特に北海道は活火山というより、過去の火山灰の上での生活で、何時噴火があることやら! 

  そして、旧石器時代からアイヌ時代、1万数千年の歴史があるのです。 北海道島として古代の存在を知りだし、地下数百メートルが素晴らしい古代史だったのです。 しかし、狩猟採集生活が長かったことが事実で、自然がそのまま現存されているのです。 火山国日本の中での未知の国だったようです。

  今の北海道での生活状態を造り出された先祖の移民たちもさることながら、 網走番外地での囚人達の切り開いた「石北ルート・R333」がどれだけ今日に影響を与えたか? この話を網走市で知りました。 囚人と死者。

  一年で数ヶ月しかない働く日時を如何に有効に使われているかを!本土の人々は過去を知らずしてこの自然豊かな土地を楽しみの楽園だと??
 
  八ヶ岳西南麓(再度、素晴らしい土器・石器を近いうちに再確認!)・能登半島から富山県・新潟県の火炎土器から縄文のビーナスまで! 東北地方のストーンサークル・三内丸山遺跡などとブナ原生林とともに旅しましたが、 ここでオホーツク文化まで辿り着けるか?解りませんが、北海道庁・各都市の教育委員会・埋蔵文化財センターの方々の親切を大切にして、沢山の資料も送って頂き、尚、堺市の図書館からも北海道の古代書籍を取り寄せてくれたり、コピーを差し入れして呉れたり。

  これは自分として、無駄にできません! 元気である限り、北海道の古代史を自己流の勉強で、辿り着けつけるところまで頑張りたいと思っております。
  奥が深くて、自分の足が抜けなくなりました。

  今回、この場面で感謝とお礼を!
 2006年10月
                                                  (撫 樹林)
「ブナ林と古代史」
二周年を迎えて
(2005年9月)

  処が、北海道の旅の春、二ヶ月程前から右目の視力が減少し、一眼レフのファインダーの露出の数字が見えづらくなってきました。カメラのファインダーの露出数字が見え難くなり、 2005年8月31日、堺市労災病院に入院しての、9月1日手術することになりました。
クモ膜化の手術の経験はありますが、眼科の手術は知りません。目玉を取り出すのか?
調べてみたら、下記図面です。全身麻酔の手術の方が精神的に、別世界です。



  病名は網膜静脈分岐閉塞症。 手術名は@ 経毛様体扁平部切除術 A 超音波孔化吸引術      
 B 眼内レンズ挿入術 と難しい名前が付きました。今後は時間の問題で以前のような視力にはならな

いが何とかカメラのファインダーの数字が見えるところまで回復するでしょう、と言うことです。
 
  入院中ロビーで面白いコメントがあったので、メモして自己紹介に掲載して見たいと思いました。

視力低下とクモ膜化の後遺症は今後も付き合いますが、これが残された人生でしょう! 楽しみながら頑張ります。

  これを励みに今後も可能な限り、続けて頑張りたいと思います。

 2005年、鳥取県の遺跡探索と大山ブナ原生林撮影に行きましたが、天候的・精神的に大変でした。
 

やはり四、五千年前の富士山の噴火最中の縄文時代中期の八ヶ岳は再度訪ねて勉強したいです。年間の暦があったと言うことと、「古事記」の神話がそのまま当地に活用されていたとか?

 「脳を探求する」京都大学名誉教授 久保田 競)

  ランニングで能力アップ

  脳と体は密接な関係にあり、体を動かすことで、脳の働きが良くなることは、近年の研究ではっきりしてきている。

  昨年11月、雑誌「Natuve」に人間は持続走をすることによって、脳が大きくなり、体も大きくなった」という内容の論文が発表されました。

  人類が狩をするようになったのは、凡そ二千万年前、そのころから脳の容量が増えている。獲物を追いかける、つまり、走ることで、脳が発達したと思われるわけです。

 では「走ることで、脳にどのような変化が起こるのか、久保田教授の研究によれば、ランニングを続けることで、額(ひたい)のすぐ内側にある“前頭連合野”の働きが活発になるという。

 「前頭連合野」は、行動・思考をコントロールする、いわば、司令塔。判断力や思考力、想像力など高度な働きを司る、人間らしさを生み出す部分とも言われます。又、「ワーキングメモリー」と呼ばれる、行動を起こすために必要な情報を、一時的に記憶する働きもある。

 “脳の良さ”とは何かといえば、複雑な作業や思考を同時に行えること、つまり、それを担う前頭連合野が良く働く人ほど“頭が良いと言えるわけです”

 実験の結果「ウオーキングでもある程度の効果は期待できると予想されますが、ランニングの方がより効果的といえるでしょう」

 前頭連合野の働きを高めるのは、同時に二つ以上の作業を行うのが有効だといえる。

 「ランニングは走りながら車や自転車などの危険を察知し、瞬時に反応し、又道順も考える。単に黙々と走っているように見えて、幾つ物の作業を同時にこなしている。つまり、前頭連合野を鍛えるトレーニングといえるわけです」

 より効果的なランニングとは、目標を決めて、走る距離、時間、コースを考えて、習慣として行うことだという。

 「体に無理のないペースで走ること、走るのがストレスになれば、逆効果です。そして週一回から始めて、徐々に回数を増やしていく、出来なければ週二・三回、不定期ではなく走る回数時間を一定のリズムに保つことが大切です」

 走ることは、脳が鍛えられ、肥満や動脈硬化など生活習慣病、更には認知症も予防できる。

 脳力を高めるランニング

@        無理の無いペースで一日30分。走るスピードは同伴者と会話が出来る程度。オーバーペースだとストレスとなって逆効果。無理の無い習慣をつけることが大切。

A        コースを計画し覚える。 ワーキングメモリーを作動させるために走る前にコース計画を立てる。更にコース地図を含めたランニング日誌をつけるのもよい。

B        周囲の環境に目を向ける。 視覚、刺激が脳を活性化させるため、風景を楽しみながら走る。草木に季節の移り変わりを見つけたり、新しい店を意識的に発見する。

C        過去の出来事を思い出す。 昔のことを思い出す。前頭連合野で最も複雑な処理を行うと考えられ、活性化する。子供時代を回想しながら走ってみるのもよい。

  脳はまだまだ成長する(薬学 池谷 祐二)

 最近物忘れが激しくて!!  もう若い頃のようには覚えられなくて!!

そんなグチをよく話している。最近の脳科学によれば「年をとれば記憶は低下する」と言う考えは迷信に過ぎないことが解っています。 脳の能力は使い方次第で年齢とは関係なく鍛えることが出来るのです。 より「年をとっても記憶は増強できる」わけです。

 まず、若い人の脳と大人の脳を単純に比べることはできない。子供と大人ではそれまでの人生で蓄積してきた記憶量が異なるからです。10個の記憶から目的の一つの記憶を探し出すのと、1.000個の記憶から検索するのでは労力が違います。

 これは大容量になったハードデスクが抱える宿命です。大人の方が多くの記憶が脳に詰まっているのですから、正解にたどり着くまでに多少苦労しても仕方ないでしょう。

 子供は物忘れしても、いちいち気にしません。一方大人は「年のせいだ」と思い込む、いや年のせいにして逃げている人もいるかも?

  実際は年齢と記憶には強い関係はないのです。

  迷信に惑わされてマイナス方向に自己暗示を掛けてしまうことは、脳の開発の妨げになります。 と同時に子供と大人には決定的な違いがあることも忘れてはいけません。それは「情報の数」と「復習の回数」です。

 アニメゲームの登場人物などを全部丸暗記しています子供の記憶量を羨ましく感じる人は、子供はどれほど情熱と興味を持って、繰り返し対象に接しているかをよくみて見てみましょう。 年をとると人は情熱や執着心が薄れ、物事に熱中できなくなる傾向があるからです。好きなことに慣れてしまって感動も少なく、マンネリ化し、これでは見かけ上記憶が低下しても不思議ではありません。

 勉学でも同じことが言えます。勉強そのものが生活の大半を占める学生時代でさえ、一つの科目を習得するのに、相当な時間と労力を必要としたはずです。過去に苦労してきた経験を忘れ、漫然と脳力の老化を嘆くのは、如何なものか。

 脳は、人が一生付き合う伴侶です。多少性能が気に合わないからといって見捨てることは出来ません。(談)

   (不自由な状態でメモしたもので、文章に不手際があるかもしれませんがご理解下さい)

(事後談話・勉強(挑戦)は又続けて頑張ります。撫 樹林)

  
     2007年11月記

  縄文遺跡探索も、東日本と北海道のアイヌ期まで追求できて、2007年は、山形県の鳥海山を再度撮影の旅と

新潟県の国宝「火炎土器」を観察しました。「新平家物語」・吉川英治投宿の平家の落人でのブナ原生林撮影のため

投宿し撮影しました。 残す、「南からの縄文人・海jから来たモンゴロイド人」を探索するはずが、どうしても自分の主体

(ブナ原生林)に出合え無い。   それと、我々アマチュア考古学ファンに対しての考え方にも大きな違いを自分なりに
 
  感じていた。 京都大学の古代史の先生、札幌大学木村英明先生、函館市立博物館館長、 北海道立埋蔵文化財

  ,千歳市立埋蔵文化   財、苫小牧教育委員会、 八ヶ岳山麓では富士見町教育委員会、 鳥取県立埋蔵文化

   財、新潟県十日町市立博物館等々沢山な専門家から 私のようなアマチュアを大切に資料と説明を試みてくれ 

  た ことに感謝しています。   教育委員会や所によっては、  子供の将来のための資料で知識を提供している

  感じで 、 中年のアマチュァにはあまり協力的ではなかった感じを 受けざるを得なかった。  遺跡・遺物の所有

  財産の勘違いをされている教育委員会も見受けられた。 県の財産か?國の財産か?国民全体の財産か?

  理解されていない教育委員会が見受けられるのが残念でした。

 
   そこで、大阪千里での「国立民族学博物館」での「オセアニア特別展」が開催されて、ただ今、人類学的?


  でコーカソイト=白色 系、ネグロイド=黒色系そして、モンゴロイド=黄色系の人類史探索書物を得てきまして、   
   勉強・掲載中です。
 半地球人を占めるポルネシア=モンゴロイド人の動きには驚かされて虜(トリコ)になりかけ

  ています。 「出アフリカ」からユーラシア・ポルネシア・シベリア・アメリカへと進んだモンゴロイド人の仲間たちの過去

  を探りながら今後も続けて勉強していくつもりです。



  巨大噴火と 幻の縄文文化   鹿児島の資料を集めていましたら、  鹿児島県に素晴らしい「夢のにんにく」があること

  を知り、

  ただ今   大変お世話になり、体力補強と眼の不利を補うために
  
  お世話になっています。

   鹿児島県と南の島々は今後の課題として残すことにしました。    今後は人類の進化と日本人の原点を探索す

  るのと、  を求めて行きたいと考えております。

 
  

   今後の「ブナ林と古代史」をご期待と宜しくお願いします。  撫 樹林
   このページのトップへ